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社長ブログ

2020.06.11

人類の進化とは、視座を上げていくこと

今春、中止となった春のセンバツ。
ようやく甲子園での代替大会開催が決まりましたネ?

私も、二人の子供達が共に小学校から大学まで
大好きな野球に打ち込んでいたので、
身近に見てきた球児達のことを思うと、素直に嬉しいです。

さて、今年はコロナのことがあったので、
野球開催の是非から政局まで、実に様々な議論や批判が
ありましたよネ?

高校野球ひとつとっても、

「三年間、野球に全てをかけて来た選手達の思いを汲みとって
あげるべき」とか、

「野球だけの特別扱いは、おかしい」とか、

「国民全体の安心安全こそ、最も大切」だとか…

私は、政治的には常にニュートラルな立ち位置にいることを
心がけていますが、
「意見を言うこと」と「批判すること」に関しては
特別な想いがあります。

様々な立場の人の利害を知り、全体最適を考えるうえで、
「意見を言う」ことは、本当に大切なことだと思います。

ただ、批判をする場合は、

「視座」をどこに置くか?

私たちは、常にこれを考える必要があるんじゃないかな?って
いつも思います。

耳にして一番、見苦しい批判は、やはり
「自分のとってどうか?」と言う狭い視座で物事を見ているエゴの視点ですよね?

政治的判断のような大きな決定に関しては、
常に批判はつきまといます。

八割の人にとっては恩恵を受けることでも、
二割の人にとっては損失を伴うといったことは、
ざらにありますし、

中には、五割の人には良いことでも、
五割の人には面白くないことなど、
本当に難しい判断を伴うことだってあります。

特に、政治に関しては、普段は関心の無い人ほど、
「それは自分にとって損か得か?」
みたいな視座で批判をしてしまいがち。

でも人類の歴史を見ると、最初はみんなそうだったんですネ

まずは自分が食べて生きていくためには、
「それは、自分にとって良いことかどうか?」
が常に関心事だったはずですし、

少し視座が上がっても、せいぜい
「それは、私の家族にとって良いことかどうか?」

その後、社会の形成とともに
「それは、うちの村にとって良いことかどうか?」
と言う視座が芽生え、

ようやく鎖国か開国を迫られた時期になって
「それは、日本にとって良いことかどうか?」
の視座が、維新前に初めて生まれたわけです。

そして、今回のコロナは世界同時多発!
ようやく私達は
「それは、人類にとって良いことかどうか?」
を考えさせられるまでに進化しました。

おそらく、この神が与えた試練の視座は、これから
「それは、地球にとって良いことかどうか?」
やがては、
「それは、宇宙にとって良いことかどうか?」
へと、進化して行くのかな?って常々思ってます。

もちろん、私の会社も、
コピー用紙ひとつ買うのも、判断基準は
「それは、地球にとって良いことかどうか?」です

商品開発や新規事業にしたって、
「それは、ヒットするかどうか?」とか
「それは、うちの会社が儲かるかどうか?」なんて
狭くてちっぽけな視座で考えれば、しょうもなくて
全くワクワクが湧いてきません。

なので、全ての物事の判断基準は、例外なく
「それは、地球にとって良いことかどうか?」で
判断しています。
すると、燃えるような情熱とワクワクが湧きたってきて、自ずと上手くいきます。

まだまだ「それは、宇宙にとって良いことかどうか?」の視座は私には想像できませんが、

これからも、この視座を大切にしながら、日々楽しんで行きたいな!って思うこの頃です。

皆さんもぜひ、やるかやらないか?どうすべきか?で迷ったら、

「それは、地球にとって良いことかどうか?」

の視座で、その問題と向き合ってみてくださいネ。

視座は上げれば上げれるほど、エゴは抜け落ちていき、
答えはすぐに見つかるはずです。

では、今日もステキな一日を♡