禅の教えでは「貪瞋痴(とんじんち)と言われる人が持つ三毒の中で、「瞋=怒り」が、最も恐ろしいものとされています。
仏教の世界では「すぐに怒ったり癇癪を起こす人が、一番レベルの低い人」としているほど、怒りは時に人生を破滅に導くほど、恐ろしいものだと教えています。
では「怒りが全く沸かない人がいるのか?」って言うと、人である限り、大なり小なり、怒りはわくもの。
ただ、その怒りをどう扱うかで、人は三つのレベルに別れるとしています。
怒りの感情に任せて、怒鳴ったり、相手を攻撃するような言葉を吐く人は下等。
怒りの感情は湧くが、腹わたが煮えくり返ってワナワナしてもグッとこらえる人が中等。
怒りの感情は湧いても、言葉はもちろん、顔や態度にも一切出さない人を上等。
そして、怒りの感情が全く起きない人を「悟った人」としています。
では、なぜ怒りの感情が湧くのでしょうか?
それは、まさに煩悩があるから。
思い通りに行かないから苦しくなる。
求めるから辛くなる
人に良く思われたいから腹が立つ。
これが煩悩です。
人として生まれた以上、誰でも欲望がありますが、欲望自体はエネルギー。自然なことなので何の問題もありません。
禅の高僧だろうと国会議員だろうと性欲はあります。むしろ強いくらい(笑)
ただ、こうした欲望が自分を苦しめるほど行き過ぎれば煩悩に変わるだけ。
あーしたい、こーしたいはオーケー。
ただ、自分の思い通りにならないことに立腹するのではなく、それを善でも悪でもなく、ただ淡々と事実として受け止められるのが大人と言うもの。
怒りは、自分が見えなくなります。
側から見れば、「エッ?何でそんな事で怒るんだろう?大人気ない」って思うことでも、怒ってる人は自分が見えなくなります。
だから、「ゴミ出しの仕方を何度言っても理解しないから離婚」なんて事が、ざらに起きてるんですね。
怒って得する事なんて、何もありません。
赦せる人が、一番ステキな人。
仏教の世界では、人を許した数だけ、煩悩が消え、人は高いレベルに行くとされています。
科学の世界では、怒る度に人の知能指数は下がり、怒った数だけアホになって行くことも証明されています。
心理学の世界では、修羅場を積んだ数だけ人のストレス耐性は上がり、やがては修羅場が来ても、笑って楽しめるようになると言われています。
怒りの感情が湧いたなら、一呼吸。
そして、5メートル上空に心を持っていく。
すると、愚かでアホな自分達が見えて笑えてきます。人生笑ってナンボ。
今日も、カチンを笑いに変えれるような、大らかな一日をお過ごしくださいネ♡